不動産投資の規模が大きくなってくると、「そろそろ法人にしたほうがいいのでは」という話が必ず出てきます。その中心にあるのが役員報酬です。法人が稼いだ利益を役員報酬として自分や家族に支払うことで、法人と個人のあいだで所得を振り分ける。この仕組みが、法人化が語られる最大の理由になっています。
ただし、役員報酬は自由に決められるわけではありません。税務上のルールを外すと、支払った報酬が経費として認められず、かえって負担が増えることになります。この記事では、不動産投資の法人で役員報酬をどう考えるべきか、仕組みと注意点を順に整理していきます。

なぜ役員報酬が節税の話につながるのか
法人税と所得税では税率の伸び方が違う
個人の所得税は累進課税で、所得が増えるほど税率が上がっていきます。住民税とあわせると、高い所得層では負担がかなり重くなります。一方で法人税は、資本金1億円以下の中小法人であれば年800万円以下の所得に軽減税率が適用され、それを超える部分には原則の税率がかかる、という二段構えです。
つまり、個人の税率が法人の税率を上回る水準まで所得が伸びてくると、法人に利益を残したほうが有利になる場面が出てくるということです。分岐点は所得の額や家族構成、各種控除の状況によって変わるため、一律に「年収いくらから」とは言えません。税率の具体的な数値は国税庁のタックスアンサー(法人税の税率)で最新のものを確認してください。
役員報酬は法人の経費になる
法人が支払った役員報酬は、要件を満たせば損金(法人税を計算するうえでの経費)として扱われます。同時に、受け取った個人の側では給与所得となり、給与所得控除が適用されます。法人側では費用として引け、個人側では控除を受けられる。この二重の効果が、法人化の議論で必ず出てくる理由です。
給与所得控除には最低保障額が設けられており、令和7年度の税制改正で引き上げられました。控除額は給与収入の額に応じて決まるため、報酬額を設計する際は最新の控除額を前提に試算してください。
家族への所得分散という考え方
配偶者や親族を役員にして報酬を支払うことで、1人に集中していた所得を分散させる方法もあります。累進課税は1人あたりの所得に対してかかるため、同じ総額でも複数人に分けたほうが適用される税率帯が下がる、という理屈です。
ただしこれには重要な条件があります。実態のない名前だけの役員に報酬を払うと、不相当に高額な部分として損金に算入できないと判断されるおそれがあります。誰がどんな業務を担っているのか、説明できる状態にしておくことが不可欠です。
法人化と所得分散の考え方は、不動産の法人化を解説した本で全体像をつかんでおくと、税理士との相談も進めやすくなります。
役員報酬の3つの型と、外してはいけないルール
定期同額給与
1か月以下の一定期間ごとに、同じ金額を支払う形式です。実務で最も多く使われています。損金として認められるためには、金額が事業年度を通じて同額であることが前提になります。
改定できるタイミングは限られており、原則として事業年度開始の日から3か月以内とされています。業績が悪化した場合など、例外的に期中の改定が認められるケースもありますが、要件は厳格です。「今月は家賃が多く入ったから報酬を増やす」といった運用はできません。
事前確定届出給与
役員に賞与のような形で支給する場合に使う方式で、支給する時期と金額をあらかじめ税務署に届け出ておく必要があります。届け出た内容と1円でも異なる支給をすると、原則として全額が損金に算入できなくなります。届出の期限も定められているため、使う場合は税理士と進めるのが安全です。
業績連動給与
利益の指標に連動して支給する形式ですが、同族会社では原則として適用できない仕組みになっています。不動産投資の法人は同族会社であることがほとんどなので、実務では選択肢に入りにくいのが実情です。
- 役員報酬は決算のあと3か月以内に決めるのが基本
- 一度決めたら期中は動かさない前提で組む
- 議事録を残し、支給実態と一致させる
- 賞与を出すなら事前確定届出給与の手続きが必要
要件の詳細は国税庁のタックスアンサー(役員に対する給与)にまとまっています。判断に迷う場面が出たら、自己流で処理せず税理士に確認してください。

役員報酬を決めるときに見落としやすいコスト
社会保険料が発生する
法人から役員報酬を支払うと、社会保険への加入が必要になります。保険料は報酬額に応じて決まり、法人と個人で折半して負担します。報酬を上げれば所得税・住民税は増え、社会保険料も増えるため、税金だけを見て設計すると全体では損をすることがあります。
すでに勤務先で社会保険に加入している会社員の方が法人を持つ場合は、取り扱いが複雑になります。制度の詳細は日本年金機構の公式サイトで確認するか、年金事務所に問い合わせてください。
法人には赤字でもかかる税がある
法人住民税の均等割は、所得がゼロでも毎年発生します。金額は自治体や資本金の規模によって異なります。物件がまだ少なく利益が小さい段階で法人化すると、この固定費が重く感じられることがあります。
税理士報酬などの維持コスト
法人の決算申告は個人の確定申告よりも複雑で、税理士に依頼するのが一般的です。顧問料と決算料が毎年かかるため、節税で浮く金額とこの維持費を並べて比較する必要があります。節税額が維持コストを下回るなら、法人化は急がないほうがよいという判断もあり得ます。

役員報酬の水準をどう組み立てるか
「法人に残す」か「個人に出す」かの考え方
役員報酬を厚くすれば法人の利益は減り、法人税は軽くなります。しかし個人側では所得税・住民税・社会保険料が増えます。逆に報酬を薄くすれば個人の負担は軽くなりますが、法人に利益が積み上がって法人税がかかります。どちらか一方に寄せるのではなく、双方の負担の合計が小さくなる点を探すのが基本的な考え方です。
加えて、目的によっても最適解は変わります。物件をさらに買い増していきたいなら、法人に利益を残して自己資本を厚くしたほうが融資審査で有利に働くことがあります。反対に、生活費を法人から得たいのであれば、報酬を厚めにする必要があります。税額の最小化だけを目的にすると、資金計画のほうが崩れることがある点は意識しておきましょう。
見落とされがちな「将来の年金」への影響
役員報酬の額は、厚生年金の保険料の計算基礎になります。報酬を極端に低く設定すれば目先の保険料は抑えられますが、将来受け取る年金額も相応に少なくなります。目先の手取りと将来の受給、どちらを重く見るかは価値観の問題でもあります。数十年単位の話になるため、一度は試算しておく価値があります。
役員社宅という選択肢
法人が住宅を借り上げて役員に貸し出す役員社宅の仕組みを使うと、家賃の一部を法人の費用として扱える場合があります。ただし、役員から一定額以上の家賃を受け取っていないと給与として課税されるなど、細かい要件が定められています。要件を満たしているかどうかで結論が正反対になる論点なので、導入する場合は必ず税理士の関与のもとで進めてください。
報酬額の決め方で悩んだときの整理の仕方
役員報酬の金額設定は、多くのオーナーが頭を抱えるところです。法人に残す利益と個人が受け取る報酬のバランス、社会保険料の増減、扶養の範囲、将来の年金額まで絡むため、変数が多すぎて手が止まってしまいます。決算前の限られた時間で判断を迫られるのもつらいところです。
現実的な対処は、決算数値を早めに固めて考える時間を確保することです。日々の記帳をマネーフォワード クラウド会計や弥生会計 Nextのようなクラウド会計ソフトに寄せておくと、期末に慌てずに済みます(弥生の法人向けクラウドは「弥生会計 オンライン」から「弥生会計 Next」へ移行しており、新規の申込みは後者が窓口になります)。紙の領収書や契約書が積み上がる問題については、A4サイズのファイルボックスで年度ごとに分けたうえで、両面同時読み取りに対応したScanSnap iX1600のようなスキャナーでPDF化しておくと、税理士とのやり取りが一気に楽になります。法人化の判断軸そのものを学びたい方は、不動産投資の税務を扱った書籍を1冊手元に置いておくと、顧問税理士との会話がかみ合いやすくなります。
この記事は制度の一般的な説明であり、個別の税額計算や有利不利の判定を行うものではありません。役員報酬の設定によって節税になるかどうかは、所得の規模・家族構成・社会保険の加入状況など個別の事情によります。実行前に必ず税理士または所轄の税務署にご確認ください。

よくある質問
Q. 役員報酬をゼロにすることはできますか
可能です。物件の数が少なく利益が小さいうちは、報酬を出さずに法人に利益を残す選択をする方もいます。報酬がゼロであれば社会保険料の負担も生じません。ただし、生活費を法人から引き出せなくなるため、個人側の収入源を確保しておく必要があります。
Q. 期の途中で役員報酬を減らしたい場合はどうなりますか
業績が著しく悪化した場合など、限られた事情に該当すれば期中の改定が認められることがあります。ただし要件は厳格で、単に資金繰りが苦しいという理由だけでは認められないケースもあります。減額分の扱いを誤ると損金不算入になるため、必ず事前に税理士へ相談してください。
Q. 配偶者を役員にすれば必ず有利になりますか
必ず有利になるとは限りません。配偶者が扶養から外れて社会保険料の負担が発生する、配偶者控除が使えなくなるといった影響も生じます。実際に業務を担っている実態があるかどうかも問われます。総額だけでなく、世帯全体の手取りで比較してください。
Q. 個人所有の物件を法人に移すときの注意点は何ですか
法人への移転は売買として扱われるのが一般的で、譲渡所得税、不動産取得税、登録免許税といった費用が発生します。既存のローンがある場合は金融機関の承諾も必要です。移転コストが節税効果を上回ることもあるため、移すかどうかは慎重に試算しましょう。
Q. 合同会社と株式会社で役員報酬の扱いは変わりますか
税務上の役員給与のルールは、基本的にどちらでも同じ考え方が適用されます。違いが出るのは設立費用や機関設計、対外的な信用面です。不動産の保有を主な目的とする場合、設立費用を抑えられる合同会社を選ぶ方も多く見られます。
まとめ
不動産投資の法人で役員報酬を考えるときの要点は、「期首に決めて期中は動かさない」「社会保険料まで含めて設計する」「家族に払うなら実態を伴わせる」の3つです。法人と個人で税率の構造が違うことを利用する仕組みですが、ルールを外すと損金にならず、目的と逆の結果になります。
また、法人化そのものにも均等割や税理士報酬といった固定費がかかります。物件数や利益の規模がまだ小さい段階では、法人化を急がずに個人で運用を続けるという判断も十分に合理的です。自分の状況でどちらが有利かは個別の事情によりますので、具体的な試算は税理士に依頼して進めてください。

