物件資料を眺めていて「この価格で買ったら、実際いくら手元に残るのか」が分からない――不動産投資を検討し始めた方が最初にぶつかる壁です。資料に書かれている表面利回りだけを見ても、答えは出ません。
幸い、いまはWeb上で無料で使えるシミュレーションツールが複数公開されています。物件価格と家賃、ローン条件を入れるだけで、キャッシュフローや実質利回りを数分で試算できます。ただし、出てきた数字を正しく読むには、どの指標を見るべきかと、前提条件をどう置くかを知っておく必要があります。この記事では、無料ツールの選び方から入力のコツ、読み取るべき指標までを解説します。

無料で使えるシミュレーションツールの種類
収益物件ポータルが提供するツール
収益物件ポータルの楽待や健美家には、掲載されている物件の価格や利回りをそのまま使って収支を試算できる機能が用意されています。グラフで収支の推移を追えるタイプのシミュレーターも、各社から公開されています。
ポータル系の利点は、気になった掲載物件の数値をそのまま持ち込んで試算できる点です。物件を探しながら並行して計算できるため、検討のスピードが上がります。
不動産会社・金融機関が公開しているツール
不動産会社や金融機関のサイトにも、入力フォーム形式の簡易シミュレーターが多数置かれています。会員登録なしで使えるものも多く、手軽さでは一番です。
ただし、提供元が自社の商品を販売する立場である場合、初期設定の空室率や経費率が控えめに置かれていることがあります。デフォルト値を疑い、自分で数字を入れ直して使うのが前提です。
スマートフォンアプリ型
物件の購入価格や経費率を入力するだけで収支を計算できるアプリも公開されています。内見の帰り道や、営業担当者と話している最中にその場で確認できるのが強みです。細かい税務までは追えませんが、一次スクリーニングには十分に機能します。
ツールは1つに絞らず、簡易アプリで足切りをして、残った候補だけポータル系の詳細ツールで精査する、という二段構えにすると効率的です。
その場で数字を検算するときは、桁数の多い電卓が一台あると確認がはかどります。
入力する前提条件をどう置くか
シミュレーションの結果は、入力した前提でほぼ決まります。ここを甘く置くと、どんなツールを使っても現実と乖離した数字しか出てきません。
家賃:現況家賃ではなく「次の入居者が決まる家賃」で入れる
販売資料に載っている家賃は、長く住んでいる入居者の契約家賃であることがあります。その方が退去した後、同じ家賃で決まるとは限りません。周辺の募集家賃を実際に検索して、いま新規募集した場合いくらになるかを確認したうえで入力してください。
空室率:ゼロで入れない
入居者が入れ替わるたびに、募集期間として1〜2か月の空室が発生するのが通常です。加えて原状回復費と広告料もかかります。空室率を0%で計算した数字は、現実には起こらない前提の上に立っています。
運営費:家賃収入に対する比率で見積もる
管理委託料、共用部の光熱費、清掃費、固定資産税・都市計画税、火災保険料、原状回復費、広告料など、家賃が入ってきても出ていくお金は多岐にわたります。個別に積み上げるのが理想ですが、初期検討では家賃収入に対する一定比率で置いておき、詳細は資料が揃ってから精緻化する形で構いません。
金利:上昇したケースも計算する
変動金利で借りる場合、返済期間中に金利が動く可能性があります。契約時の金利だけでなく、1%上がった場合、2%上がった場合の返済額とキャッシュフローも並べて確認しておきましょう。ここで赤字に転落する物件は、それだけで検討から外す判断もあり得ます。


シミュレーション結果で見るべき指標
ツールが出力する数字はたくさんありますが、判断に効くものは限られています。
表面利回りと実質利回り
表面利回りは「年間家賃収入 ÷ 物件価格」で、運営費を一切考慮しません。物件を並べて比較する入口としては使えますが、判断材料にはなりません。
実質利回り(NOI利回り)は、家賃収入から運営費を差し引いた純収益を、物件価格に購入諸費用を加えた総投資額で割ったものです。物件同士を同じ土俵で比べたいなら、見るべきはこちらです。
税引前キャッシュフロー
純収益からローン返済額を引いた、実際に手元に残る現金です。利回りが高くても返済額が大きければ手残りは薄くなります。年間ではなく月あたりでいくら残るかを確認すると、生活実感に近い形で判断できます。
返済比率と返済余裕率
返済比率は、家賃収入に占める年間返済額の割合です。この比率が高いほど、空室や修繕が発生したときの耐性が下がります。あわせて、純収益を年間返済額で割った返済余裕率(DCR)も確認しておくと、金融機関がどう見るかの視点が持てます。
損益分岐入居率
何室埋まっていれば赤字にならないか、という水準です。この数字が現実的なラインを超えている物件は、少し空室が出ただけで持ち出しが発生します。一棟物を検討する際は必ず確認したい指標です。
自己資金回収率(CCR)と内部収益率(IRR)
CCRは、投入した自己資金に対して年間いくらの現金が戻るかを示します。IRRは、購入から売却までの資金の出入りを時間の概念込みで評価した指標で、売却価格の想定まで含めて投資全体の効率を測れます。売却まで視野に入れて比較するなら、IRRまで見られるツールを選ぶ価値があります。
| 指標 | 見えること | 使いどころ |
|---|---|---|
| 表面利回り | ざっくりした収益性 | 候補の一次スクリーニング |
| 実質利回り | 運営費控除後の収益性 | 物件同士の比較 |
| 税引前CF | 手元に残る現金 | 生活への影響の把握 |
| 返済比率 | 返済の重さ | 安全性の確認 |
| 損益分岐入居率 | 赤字転落ライン | 一棟物のリスク確認 |
| IRR | 売却まで含めた効率 | 出口を含めた比較 |
多くの無料ツールは税引前の数字までしか出しません。実際には減価償却費、ローン利息、各種経費を踏まえた所得計算のうえで所得税・住民税がかかり、売却時には譲渡所得への課税もあります。税務の扱いは個別事情で変わるため、具体的な判断は税理士へ相談してください。制度の一次情報は国税庁のサイトで確認できます。
シナリオを3本作って比較する
1回計算して終わりにすると、その物件が「どういう条件なら成立して、どこから崩れるのか」が見えません。手間はかかりますが、同じ物件について前提を変えた3本のシナリオを並べておくと、判断の質が大きく変わります。
標準シナリオ
周辺の募集家賃をもとに現実的な家賃を置き、一般的な空室期間と運営費を見込んだケースです。これが検討の基準線になります。
悲観シナリオ
家賃が数年ごとに下落し、空室期間も長引き、金利も上昇するケースです。ここで持ち出しが発生しても、給与収入で耐えられる範囲かどうかが、購入して良いかどうかの実質的な判断基準になります。エレベーターや給湯器といった設備の更新費用も、この段階で織り込んでおきたいところです。
出口シナリオ
保有5年後、10年後に売却した場合の手残りを計算するケースです。ローン残債と売却想定価格の差、仲介手数料、譲渡所得への課税を踏まえると、いつ売るのが有利かの目安が見えてきます。長期保有を前提にしていても、売れる状態かどうかを把握しておくことには意味があります。
3本のシナリオを比較したときに、標準と悲観の差が極端に大きい物件は、それだけ前提の置き方に結果が左右されるということです。判断に自信が持てないなら、見送るのも立派な選択です。
ツールを使いこなすための道具立て
シミュレーションは一度やって終わりではありません。候補物件が出るたびに繰り返す作業です。この繰り返しが面倒になって計算をやめてしまうのが、最も避けたい状態です。外出先でも収支を確認できる環境づくりについては、スマホで使える不動産投資アプリを以下の記事でまとめています。

手元の環境を少し整えるだけで、この作業はぐっと続けやすくなります。
- 12桁表示の実務電卓:物件価格の桁数を扱うと8桁電卓では足りません。GT機能と税計算キーが付いたタイプが実務向きです
- A4対応のドキュメントスキャナー:もらった販売図面をPDF化して物件ごとに保存しておくと、後から数字を確認し直すときに探し回らずに済みます
- 13インチ前後のモバイルディスプレイ:物件資料とシミュレーション画面を並べて表示できると、転記ミスが減ります
- 方眼タイプのA5ノート:ツールに入れる前に手で数字を並べておくと、入力漏れに気づきやすくなります
指標の意味をきちんと理解したい方には、『基礎から学ぶ 不動産投資・証券化ビジネス』(田邉信之)のような体系的な解説書が役立ちます。ツールが出した数字の背景を説明できるようになると、金融機関との面談でも話が通りやすくなります。




無料シミュレーションツールに関するよくある質問
Q. 無料ツールと有料ツールで何が違いますか
無料ツールは表面利回りや税引前キャッシュフローまでを扱うものが中心です。有料ツールや専門的なソフトは、減価償却の詳細設定、複数シナリオの同時比較、売却を含む長期のIRR計算などに対応しているものがあります。まずは無料ツールで十分で、扱う物件数が増えて手作業が限界に来た段階で検討すれば足ります。自分の前提で収支表を組みたい方は、エクセルでの作り方を以下の記事でまとめています。



Q. どのツールの結果を信じればよいですか
ツールごとに計算式や前提の置き方が微妙に異なるため、結果が完全に一致することはありません。同じ物件を2つ以上のツールに入れてみて、大きく食い違う項目があればその原因を調べるという使い方をすると、自分の理解も深まります。
Q. 表面利回りが高い物件は良い物件ですか
そうとは限りません。表面利回りが高い背景には、築年数が古い、立地に難がある、再建築が難しい、修繕が必要といった事情が隠れていることがあります。利回りの高さは「その物件が抱えるリスクに対する対価」として市場が付けた価格の裏返しである、と考えると読み違えにくくなります。
Q. 売却価格はどう想定すればよいですか
将来の売却価格を正確に予測することはできません。実務では、保有期間中の家賃下落を織り込んだうえで、購入時と同じ利回りで売れると仮定する方法や、複数の価格帯で計算して幅を持って見る方法が使われます。国土交通省の不動産価格指数で長期の価格推移を確認しておくと、想定の妥当性を検討しやすくなります。
Q. シミュレーションで黒字なら購入して問題ありませんか
シミュレーションは判断材料の一つにすぎません。現地の状況、建物の劣化度合い、レントロールの実態、管理状況、周辺の競合物件など、数字に表れない要素の確認が欠かせません。計算上の黒字は必要条件であって、十分条件ではないという整理が適切です。
Q. 諸費用はどれくらい見込んでおけばよいですか
登録免許税、不動産取得税、仲介手数料、司法書士報酬、火災保険料、印紙税など、購入時には物件価格とは別に費用が発生します。金額は物件の種別・築年数・所在地によって変動するため一律には言えませんが、シミュレーションで諸費用をゼロにしてしまうと自己資金の見積もりが大きく狂います。物件価格に諸費用を上乗せした総投資額をベースに計算するようにしてください。
Q. 区分マンションと一棟物でシミュレーションの仕方は変わりますか
基本的な考え方は同じですが、見るべき項目に差があります。区分マンションでは管理費・修繕積立金が固定的にかかり、これらが将来値上げされる可能性を織り込む必要があります。一棟物では損益分岐入居率や大規模修繕の時期と費用が重くなり、屋上防水や外壁塗装をいつ行うかで長期の収支が変わります。
まとめ
無料のシミュレーションツールは、ポータル系・不動産会社提供型・アプリ型と複数あり、それぞれ得意な場面が違います。簡易ツールで候補を絞り、残ったものを詳細ツールで精査する二段構えが実用的です。
そして最も重要なのは、出力された数字より、入力した前提のほうです。家賃は次の募集家賃で、空室率はゼロにせず、金利は上昇ケースも並べる。この3つを守るだけで、シミュレーションは「都合のいい数字を作る作業」から「危ないものを弾く作業」に変わります。表面利回りではなく、実質利回り・キャッシュフロー・損益分岐入居率を軸に見る習慣をつけていきましょう。


